倭は国の まほろば たたなづく 青垣 山籠れる 倭し麗はし・・・

と、第12代景行天皇の皇子であるヤマトタケルの命が詠んだ歌にも当てはまる八女地方・・・は山間部が大部分を占めています。



八 女 観 光 局





地名の由来




八 女 へ よ う こ そ





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万葉の世界”八女”


最初にあったのは、”やめ”という声です。

大昔、人々は、この辺り一帯を”やめ”と発音していました。(今でもそうですが)

その後、 中国から世界標準の漢字が入ってきまして、島国の日本でも地名に漢字を当てて表現することになりました。

結果、日本書紀にも、この辺りは”八女”だと登録されたようです。その当時は、万葉仮名での表記でした。紫式部のころには、今使われている平仮名に近いものが普及しています。

八女茶の”や め”です。PC入力などに使うローマ字表記ですと、YAME(y a m e)になります。因みに、生まれた子供に、万葉仮名を使った命名もよく見られます。